それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こんこんと雪が降っていました。寒い夜の中、みすぼらしい一人の少女が歩いていました。ボウシもかぶらず、はだしでしたが、どこへ行くというわけでもありません。行くあてがないのです。ほんとうは家を出るときに一足の木ぐつをはいていました。でも、サイズが大きくぶかぶかで、役に立ちませんでした。実はお母さんのものだったので無理もありません。道路をわたるときに、二台の馬車がとんでもない速さで走ってきたのです。少女は馬車をよけようとして、木ぐつをなくしてしまいました。木ぐつの片方は見つかりませんでした。もう片方は若者がすばやくひろって、「子供ができたときに、ゆりかごの代わりになる。」と言って、持ちさってしまいました。
先生は、黒板につるした、大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった、銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。 カムパネルラが手をあげました。 それから、4・5人、手をあげました。 ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのまま、やめました。 たしかに、あれがみんな星だ、と、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニは、まるで毎日、教室でもねむく、本を読むひまも、読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからない、という気持ちがするのでした。ところが、先生は早くも、それを見つけたのでした。「ジョバンニさん。あなたは、わかっているのでしょう」 ジョバンニは、勢いよく立ちあがりましたが、立ってみると、もう、はっきりとそれを答えることができないのでした。
速読法とは、文字どおり「書物や文献をいかに速く読むか」というノウハウを教えるものですが、速読法について最も多い誤解は、記憶術と混同している、あるいは記憶術と同一だと思っている、という誤解です。 速読法を修得することによって、確かに記憶力も理解力もアップしますが、それは結果としてついてくるものであって、読んだ文章を一字一句の間違いもなく正確に記憶する、普通の人では理解できないような難解な専門書でも理解できるようになる、というものではありません。 ゆっくり読んで理解できない本が、速読法で読んで理解できるわけがありませんし、ゆっくり読んでも一字一句の間違いなしに正確に記憶できない本が、速読法で読んでも記憶できるわけがありません。