ポジトロン観測で見る大脳の思考活動
 
さて、速読法の必要性については十分に理解してもらえたと思いますが、それでは、どのようにすれば人間の能力を高めることができるか、具体的に話を進めていくことにしましょう。まず、人間が脳細胞を使っている時の状態を客観的に観測できる《ポジトロン観測》という科学的手法があります。
 
この観測方法とは、血液中に人体に影響がない程度に微弱な放射能でマークをしたブドウ糖などを注射し、思考活動などをした際に、大脳細胞のどこが主として使われるか(どこの部位の血流量が多くなるか)を、その放射能を目印として測定するものです。
 
そうすると、数学の計算をしたり、論理的な思考(読書なども、これに含まれます)をすると、左脳(本人から見て、大脳の左半球)の一部に偏って多量の血液が流れ込み、他の部位の血流量が少なくなることがわかりました。つまり、私たちは論理的な思考をする場合、頭脳全体を使っているように錯覚してしまいますが、実は一部の脳細胞のみを使って、他の部位はあまりよく使っておらず、いわば遊ばせている状態と言えるかもしれません。
 
左右の半球で役割が異なる人間の大脳
 
より深く理解してもらうために、ここでちょっと、人間の大脳を解剖学的に見てみることにしましょう。人間の大脳は深いシワで表面が一面に覆われており、正中線(正面から人間を見た場合に中心となる縦の対象線)に対応する中央の位置に、深い溝があります。この深い溝には左右の脳を連結する神経の橋があって、脳梁と呼ばれています。ここを中心に大脳は、ほぼ左右対称の形になっています。
 
また脳梁と直角に交差するように、大脳のほぼ真中に上下に走っている、脳梁よりはやや浅い溝があり、これを中心溝と呼んでいます。さらに、この中心溝の前方(額の側)を前頭葉、それより背面の後方(大脳の中央部よりもわずかに後方)を頭頂葉、後方にある部分を後頭葉、外側溝より斜めに走る下側を側頭葉と呼んでいます。
 
そして、これらの領域が全体で漠然とさまざまな作業を受け持っているのではなく、この領域は視覚、この領域は聴覚、この領域は運動、この領域は言語・・・というように、責任分担を明確にして働いているのです。そのことは、ポジトロン観測や、他のさまざまな臨床医学的な方法などによって、(たとえば、脳出血、脳血栓、脳腫瘍などで大脳の一部だけが失われると、それに伴ってどういう能力が失われるか、といったことなど)次第に明らかになってきました。
 
さて、大脳は一見したところ左右対称に見えますが、よくよく見ると厳密に左右対称ではなく、顔と同じようにわずかな差異があります。微妙に違っているのは、脳細胞の領域ごとに受け持っている《業務》の内容がすべて異なっているためなのです。
 
言語は左脳に、音楽は右脳に
 
たとえば、言語を司っているのは左脳の言語野と呼ばれる領域で、これは通常、右脳には存在しません。ごく稀に、頑固な左利きの人で、左右脳の役割が逆転している人がいますが、そういう人の場合は、言語野が右脳にあって左脳には存在しない、という完全に入れ替わった形になります。
 
しかし、「大脳のこの領域は、こういう仕事を受け持っている」ということを皆さんに知っていただいたところで、専門的に研究をしようという人を除けば、それほど意味はありません。だいたいの役割分担があることを知っていれば十分です。
 
さて、「言語野は左脳にしか存在しない」ということを述べましたが、そのために、左脳を特に言語脳と呼ぶことがあります。これに対して右脳は、特に音楽的な能力を受け持っているので、音楽脳と呼ぶことがあります。また、それ以外にも色彩感覚・立体空間感覚などは右脳が受け持っており、右脳が機能障害を受けるとこれらの能力が欠如しています。


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