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さて、頭をよくする上で最も難しいのは、4)の情報を同時に使用するチャンネル数を増やすことでしょう。一時に1つのテーマについてしか考えない場合は、その問題に関して、複数の角度から同時に多角的に検討できる能力(角度・視点は可能な限り多いことが望ましい)です。 |
検討項目を箇条書に羅列して、端から1つずつ順番に検討していくことは、ほとんど誰にもできますが、同時に検討するとなると、できる人は滅多に存在しません。しかし、この能力がないと、数学や物理学で新理論を考え出すような、高度に創造的な業績は残すことはできません。 |
それほど高度ではないテーマ、複数の角度から検討する必要もないようなテーマの場合には、一時に複数のテーマについて考えられる能力です。これも、ただ単に浅くボーッと支離滅裂に考えるのではなくて、どのテーマも一応の業績に結びつくような密度を伴った思考、ということです。 |
これができる人は、従来《マルチ人間》などと呼ばれて、各方面で伝説めいた逸話を残していますが、誰かに鍛えれてそういう能力を備えたということではなく、大多数が天与の才能に頼っていました。しかし、今後は訓練で万人をマルチ人間・多次元人間に改造するように持っていかなくてはなりません。 |
情報を送受する場合、送受のスピードを速くするだけで解決しようとしても限界がありますから、(テレビのチャンネル数が増えていったように)チャンネル数を増やす、これは時代の必然的要請です。電話回線を使い、声のように直列的に情報を送受するだけでなく、ファックスやデータ通信のように並列的に情報を送受するようになったのも、同じく、時代の必然要請からです。 |
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チャンネル数を増やすというのは、テレビ局の管制ルームのように、数多くのディスプレイが別々の映像を流すという方式になる場合もあるでしょう。また、1つのディスプレイ上の画面に多くのウィンドウを開き、それぞれのウィンドウが別々の情報を流す、という方式になる場合もあるでしょう。 |
いずれにしても、頭の中に情報を取り扱う複数のチャンネルがあり、それを同時並列で使いこなせる、複数のテーマについて同時に考えられる、というマルチ型・多次元型の人間でないと、単に情報を受け取るという受動的な場合であっても、扱いこなせません。マルチ型・多次元型になっていないと、1つの情報を受けている時には、他の情報に対する注意力が散漫になりがちです。 |
それを無理にカバーしようとすれば、激しいストレスが襲ってきて、テクノストレス症候群(多次元情報症候群)の餌食になってしまうでしょう。このマルチ型・多次元型人間への改造も、一足跳びにはいきません。まず、前述2)の「学習スピードを加速する」と、3)の「情報の取り出しスピードを加速する」の2つのポイントを鍛えておかなくてはなりません。 |
誰でも最終的には、4)が目標でしょうが、2)と3)とは、その基礎固めの体力トレーニングのようなものです。この基本段階の訓練を怠っては、ゴルフ道具を購入した人が、素振り練習も、打ちっぱなしの練習場で練習することもせず、いきなりゴルフ場に出かけていってプレーするような、いえ、それ以上に悲惨なことになるでしょう。 |
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さて、2)の学習スピードというのは、もちろん速いだけで「ザルに水」では、全く意味がありません。速くて、なおかつ、記憶として頭に残るものがなくてはなりません。そこで先入観から、「速読法なんか無意味だ」という極論を口にする人も出てくるわけですが、これに関して、別ページに掲げた《エビングハウスの忘却曲線》を見てください。 |
ヘルマン・エビングハウスという人は、19世紀、ドイツの著名な実験心理学者です。彼は足掛け16年にわたる実験の末に「人間は何かを完全に記憶しても、ただ記憶しただけで《反復学習》をしなければ、時間の経過と共に忘却の一途を辿る」という《忘却学説》を打ち出しました。 |
このエビングハウスの学説を頭に入れながら、忘却曲線のグラフを見てみると、忘却は学習を終えてからしばらくの間を置いて始まるのではなく、学習直後に急速に進むことがよくわかります。裏を返せば、忘却を防ぐには、学習したら、すぐに復習するというのが効果的な方法、ということです。 |